1992年、アラスカの荒野でクリス・マッカンドレスという青年の遺体が発見されました。24歳という若さで人生を終えたクリス。謎多き青年の死は全米で大きなセンセーショナルを起こし、誰もが彼の物語りに好奇心を抱きました。彼が辿った最後の2年間を忠実に映像化したのが『イントゥ・ザ・ワイルド』。青春ロードムービーとはかけ離れた、人間と自然、本当の幸せという壮大なテーマを扱った映画です。

大学で優秀な成績を収め、エリート人生を約束されていたクリス(エミール・ハーシュ)は、ある日突然家族のもとから姿を消します。

目的:窮屈な社会からの解放。究極の自由と幸福を探すこと。
目的地:アラスカの地

「何故、どうして?」と、問いかけたくなるかもしれません。裕福な家庭で、恵まれた生活を送り、これから輝かしいキャリアを築くはずだったクリスの人生。本作では、死後発見されたクリスのジャーナルや、クリスが旅先で出会った人々のインタビューを基に、クリスの心が少しずつ開示されていきます。

一見幸せそうなクリスの家庭には、家族しか知らない複雑な問題があったこと。両親が必死に取り繕っていた「幸せな家族」という世間体に嫌気がさしていたこと。クリスにとってモノ・物・者は重荷でしかなかったこと。繊細で自分に嘘をつけず、社会や家族が定義する幸せに疑問を抱き、地位や名誉やお金といった物差しを嫌悪してたこと。書物の中の世界に没頭し、作家を「友達」と呼んでいたこと。

誰もが憧れる理想の生活を捨てて、荒野への旅立ちを決めたのは、何かから逃げるための衝動ではなく、幾層にも重なった深い理由と、計画性があるものだったと理解できます。

両親への怒りや社会への不満は、誰もが少なからず抱いている感情です。「勝ち組」と呼ばれる人になるために、自分の価値観を押し殺しながら目の前に敷かれたレールを突き進むのか。それとも社会のルールからハズれてしまった負け犬として、哀れみの眼差しを浴びながら生活していくのか。現代の私たちにはこの2択しかないのでしょうか?

クリスが取ったのは第3の選択。社会を断ち切り自分の力だけで大自然の中で生きること。たった一人で荒野へ旅立つという過激でストイックな行動を取ったクリスに尊敬の念を抱くと同時に、彼をそうさせた社会や価値観に苛立ちを覚えました。残念ながら都会で育った私にはサバイバル能力が全く無く、何年もの間一人で生きていける心の強さも無い。私には到底できない選択です。

優秀で気立ても良く、勤勉家で働き者。そんな彼がたった24歳でこの世を去っていったことを「もったいない」と思ってしまう私はやはり、物質的社会の価値観に縛られているのでしょうか。そして、男だからこんな壮大なアドベンチャーに憧れるのかも、と思ってしまうあたりも社会のステレオタイプに騙されている証拠でしょうか。クリスや『127時間』のアーロン・ラルストンのように、自らの極限にチャレンジする精神は、私にはちょっと理解し難い。けれど、感情まかせではなく、使命感と必然性とともに進むクリスの姿は爽やかでポジティブ。そして、見返りを求めない、汚れの無い彼の人生は「神聖」という言葉がぴったりなような気がしました。

彼は究極の自由と幸せを手にいれるのでしょうか。
彼が最後に見たものはいったい何だったのでしょうか。
彼の心の叫びは彼の家族に伝わるのでしょうか。

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