Facebookのチェックが日課となっている私。ミクシィやツイッターは疎遠しがちだったのになぜかFacebookにはまり、家族や友人との近況アップデートはもっぱらFacebookです。

アナログだった私の生活は遠い昔のことのよう。コミュニケーションのデジタル化は現在も進行中……

映画『ソーシャル・ネットワーク』もFacebook人気に拍車をかけたようですね。映画公開以降、日本でのFacebook登録者が急増したそう。この映画はソーシャル・ネットワークという新しいビジネスがいかにして作られたのかを描写するとともに、新しいビジネスが生まれる過程に伴う、動機、情熱、失望といった人間ドラマを描いています。

ストーリーを面白くしているのがFacebook創立者、マーク・ザッカーバーグ。これまでも新たなことに挑戦する人々を描いた映画は沢山ありました。主人公の多くは努力家やカリスマタイプ。ストーリーが展開するにつれて、彼らに惹かれて応援しているパターンが多いのですが、ザッカーバーグは違う!!

冒頭シーンで彼女にふられ、「嫌われ者」のレッテルを貼られるも、そのレッテルを苦にすることは全くない。Facebookをめぐり日に日にヒートアップしていく人間模様とは対照的に、冷淡でシニカル。友達はごくわずか、空気は読めない。『嫌われ者』の名は終始覆されることはありません。

何故私達は「嫌われ者」のストーリーに魅力を感じるのでしょうか。
嫌われ者が更生してくれるのを願っているから?
自分と比べて優越感を味わいたいから?
他人の不幸は蜜の味がするから?

私なりの答えはこう。社会の中の優先順位が変化しているから。

ビジネス界で素晴らしい人間性を求められる時代は終わってしまったのかもしれません。今は能力とお金とスピードが力を発揮する時代。彼の人間味の無さは、ソーシャル・ネットワークという無機質で形のないものと重なるとともに、数字化している社会と、自分と「今(なう)」にしか興味を示さない人たちを象徴しているよう……

社会が利潤だけを追い求め、人間味を排除していくと、プライベートでも同じことが起こるのでは? デジタル化された個人の生活経歴を見て、友達になるべきか判断される時代ってなんだか虚しいなぁ。コミュニケーションンのデジタル化によって得たものは計り知れないのですが、それと同時に失った物もある。これが変化の波に乗るジレンマなのかしら…

Facebook側からの協力は得られなかったようですが、ザッカーバーグの訴訟に関する録取書に基づいて作られた、きわめてノンフィクションに近いフィクション作品です。観ていない人は是非ご覧下さい。そしてFacebookを始める人は中毒にならないように要注意して下さい。

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