昨日、久しぶりに高校の同級生と集まりました。高校を卒業して早10年以上経つのですが、みんなそれぞれ、迷ったり悩みながら歩いているようです。

同窓会や友達との集まりでよく聞くのが、「変わってないね」「相変わらずだね」という言葉です。私も時々言われるのですが、嬉しいのか悲しいのか、この言葉をどう受け止めていいのかわからず、いつも戸惑ってしまいます。 一方で、「以前と違うね」「変わったね」という言葉も聞きますが、どれも過去の自分が基準となっている言葉ですよね。

今の自分を見てほしい、理想を言えば、未来の自分に期待してほしい。そう思ってしまうのは私だけですか?

私は高校卒業をしてすぐ留学をし、高校時代仲が良かった友達とはずいぶん離れていました。それまでは順風漫帆な人生を送り、周りには気楽に語り合える友達がいたのですが、国境を越えた途端、言葉の壁に打ち砕かれ、一日中誰とも話さない日も多々ありました。挫折と孤独の生活は、今までの「自分」を見直す時間となりました。それまでの自分は「明るくて、ハキハキと物事を言い、ポジティブで明るい子」でした。けれど、自分の意見が言えない環境での私は「一生懸命だけど、口数少ない、おとなしい子」になりました。環境が変わり、表現する術を失い、間逆のような性格になるしかなかったのです。

この「性格のリセット」は私にとって大きなターニングポイントになりました。「本当の私ってどんな人なんだろう」と自問自答する日々が続きます。今まで明るく楽しそうに振舞っていた私は偽りだったのかもしれない。周りを楽しませようと一生懸命になっていただけなのかもしれない。そう思うと同時に、こんなにおとなしい子なんて私らしくないと思う自分もいて。それからは今までの自分と、現在の自分、そしてほんとうになりたい自分像のすり合わせ作業が始まりました。

もうひとつのターニングポイントは子どもが生まれたこと。子どもを第一に考え、自分のことは二の次になる生活は、私の価値観をも一変させました。子どもと生活を共にしていると、考え方や言葉まで支配されてしまいます。会話はもっぱら子どものこと。はやわらかく、分かりやすい言葉しか使わない毎日。話し方もゆっくり、はっきりで。そうすると、友達同士のペースが速い、ノリが勝負の会話には全然ついていけない…

今の私はあの頃の私とは明らかに違うと思います。きっと高校時代の私より、落ち着いているし、無理に周りに合わせることも少なくなりました。ノリの会話ではなく、中身のある会話を楽しみたいと思うようになりました。昔の私を知っている人は私が「つまらなくなった」と思うかもしれません(実際にそう言われたこともあります)。けれど私は、「相変わらず」の自分でいるよりは、人生のステージに応じて変化を楽しみたいと思っています。

「変わってないね」と昔を懐かしむことも楽しいものです。けれど、「成長したね」と変化を喜べ、一緒に変わっていける仲間もいいな、そう思った夜でした。

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