ミシェル・ファイファーが新米教師を演じる『デンジャラス・マインド』。ヒラリー・スワンク主演の『フリーダム・ライターズ』と内容が似ているのですが、問題を抱えた生徒達に親身に寄り添い、彼らの可能性を信じて諦めない教師の物語は見ていてとっても清々しかった!今回は熱血教師の重要さと、言葉の力について語りたいと思います。

あらすじ
米国海軍出身の新米教師、ルアン・ジョンソン(ミシェル・ファイファー)が引き受けることになったのは、アカデミークラスと呼ばれる問題児クラス。「ガサツで教養がない」とレッテルを貼られた生徒たちの多くは低所得家庭で育ち、文章もまともに読めない状態でした。英語教師であるルアンは学校が認めない突飛な方法で生徒達の注目を引き、少しずつ彼らの心を開いていくのですが、ある事件をきっかけに学校を辞める決意をします…

原作はルアン・ジョンソンさんの自伝“My Posse Don’t Do Homework”(ルアン先生にはさからうな)です。

正直、映画はなまぬる~い内容です。空手を授業中に教えたり、勉強の褒美としてキャンディーをあげたりと、そんな簡単なことで生徒は勉強に励んでくれるのか?と疑問を抱いてしまう場面あり。ストーリーの要となる3人の生徒ばかりにスポットライトが当たりすぎで、他の生徒はどうでもいいの?と思ってしまう場面あり。不良のわりには素直で更生するの速すぎるでしょ?とつっこみを入れたくなる場面あり。

けれどここで強調したいのは、ジョンソン先生のような熱血教師の存在。勉学だけでなく、生徒の心と体の健全を切願する先生の存在は嬉しい。給料は安いけど、頑張った生徒にはおいしい料理をご馳走するとか。生徒の行動や考え方を理解するために、生徒の家庭環境を見ておくとか。こういったちょっとした自発性が生徒の信頼を得る第一歩なのかも。教師という職業は、生徒という生身の人間相手の仕事。時間でオン・オフ切り替えられる職業ではないと思うのです。

定められたカリキュラムを終えることは重要かもしれない。けれど学校ではその他にも、モラルを身に付け、ルールを守り、協調性を学んでほしい。何が問題があったら、生徒と徹底的に向き合ってほしい。教師という職にプライドを持ち、生徒達のことを心から気にかけ、職務内容に載っている以上のことをやってほしい! そんな先生、日本では金八先生以外にいないのかしら??

最近のいじめ問題などを見ていると、学校や教師、教育委員会、行政は何においても他人事でなりません。問題が起こった時に、○○の責任!と責任転嫁するのではなく、子どもは地域で育てるものと心得るのがベスト。実際、“It takes a whole village to raise a child(子育ては村中でするもの)”ということわざもありますし。親、学校、地域が一丸となって子どもにとって最善の環境を整えていきたい、そう願うばかりです。

そしてもうひとつここで書いておきたいのは、言葉の力。ジョンソン先生は英語教師として詩を課題に選びました。しかもボブ・ディレンの歌詞を。言葉が意味していること、そして言葉に秘められた「コード(暗号)」を理解していくと、想像力が豊かになり、作者に対する共感力がつく。言葉が理解できるようになると、自分の考えがまとまり、相手の感情が理解できるようになる。相手の感情が理解できるようになると、物事を怒りや暴力で解決しようとするのではなく、知性と理性で解決できるようになる。

以前読んだことのある「こどもとまなぶ いじめ・暴力克服プログラム」(※武田さち子著)では、想像力と共感力の重要さを説いていました。

今、子どもの活字離れが問題になっていますが、私自身どれだけ物語に救われたことか! 小説の世界へ現実逃避するのもいい。偉業を成し遂げた人の生い立ちに触れるでもいい。物語を通じて価値観を広げると、この苦しみは一時的なものかもしれないという希望が湧いてくる。今自分達が置かれている状況から抜け出せる打開策が見出せる。

そこそこの映画だったのに、非常に爽やかな気分になれたのは、いじめ解決になり得るヒントを得られたかもしれません。

 

※武田さち子
いじめ問題の解決をめざすNPO「ジェントルハート」の理事。子ども達の人権を守る活動に尽力している。著書には上記の他、「わが子をいじめから守る10カ条」や「あなたは子どもの心と命を守れますか!」などがある。
ウェブサイト「日本の子どもたち」主宰。

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